« ラジオ・デイズ | トップページ | ペンギンの映画 »

「いのちの食べかた」

「いのちの食べかた」

原稿を書く都合で、渋谷のイメージフォーラムという映画館で、ドキュメンタリー映画を2本観た。ひとつは「シアトリアル」という唐十郎と劇団 唐組の記録。これは面白い。笑える。

もうひとつは「いのちの食べかた」というオーストラリアとドイツの映画。映画といっても字幕もナレーションも一切ない。ただ、坦々と絵画のような映像がながされる。広大なひまわり畑だったり、りんごが何千個も浮かぶプールだったり、ベルトコンベアーで流れていく黄色いヒヨコだったり。それを観ているうちにこれは、野菜や果物、肉を作っている様子なのだなと、わかってくる。

牛、豚、鳥の屠畜場。こんな機械があったとは、と思うほど様々な機械で、生き物があっと言う間に食肉になっていく。おもちゃ工場か何かのように、オートメーション化されていて無機質で、従業員さえ無表情で、そこに、命を感じさせないような仕組みで、私たちの食べる肉が作られていた。品種改良、増殖で生み出された、膨大な数の家畜。

日本の食べ物は60パーセントは海外から来ているので、実際に私が昨日食べたハンバーグはこの肉なのだ。命を「いただきます」という意味で「いただきます」というのだと、昔教わったことがあるが、生き物をいただいているという感覚を麻痺させて、物と見なして、どんどん生産してどんどん食べて、結果、ありがたいとも「いただいている」とも思わなくなっている。命を食べていないから、身になっておらず、生きている実感がわかず、延いては命を大切に思えなくなっているのでは・・・と、自問自答。

映画を観てこんな思いになったのは初めて。決して気持ちよくなる映画ではないが、これは観ておいてよかった。

|

« ラジオ・デイズ | トップページ | ペンギンの映画 »

コメント

自分も「シアトリカル」と「いのちの食べかた」両方見ました。
ドキュメンタリーを撮ろうとしているのに、被写体が素でいようとしない、存在自体がシアトリカル(演劇的)な唐十郎さんって面白いなぁと思いました。そして信頼しつつも容易ならざるワンマンである唐さんについていく劇団員…。
ただ、ドキュメンタリーの形をとりながら、現実はできた映画全体の7割、2割は虚構、1割は虚実不明というのはどういうことなんだろうと、首をかしげなから映画館を後にしました。

「いのちの食べかた」については、改めてコメントします。

投稿: まさ | 2007年12月18日 (火) 14時30分

コメントありがとうございます!
そうそう、唐十郎さんって自分でも「多重人格」って言ってましたけど。常に誰かを演じてる感じなのでしょうか。確かに「虚構2割・・」と、字幕が出たときにガクッとしてまた笑えました。

投稿: akane | 2007年12月19日 (水) 05時30分

こどものお友達が心臓・肝臓同時移植をアメリカで行いました。お蔭様で無事手術が終わりましたが、その料金たるやすごいものがありました。こどもとともに街頭募金に立ち、お友達の「命」が1日でも長くなりますようにと願いました。「命」は人間でも動物でも植物でも本当に尊いものです。病院や映画などのきっかけがないとそれを実感できないのは悲しいですね。でも、こうして立ち止まって考えられるのは、有り難い事だと思いました。

投稿: 由美子 | 2007年12月19日 (水) 23時28分

そうですねえ。命の尊さは頭でわかっていても、実感できないというのは、大人でもあることですから、子供のときの体験は大切ですよね。お友達の命を救おうという体験は貴重ですね。手術ができてよかったです。

投稿: akane | 2007年12月20日 (木) 12時49分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/200768/9434253

この記事へのトラックバック一覧です: 「いのちの食べかた」:

« ラジオ・デイズ | トップページ | ペンギンの映画 »